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第1回 コロナ後のSDGs的世界を展望する─静岡県立大学の挑戦─


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湖中 真哉
(国際関係学部 教授)

該当目標

ページ内目次


Webエッセイ

1. 新型コロナウイルス感染症の深い霧の中で

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、予想もしなかった巨大な影響を地球社会とわたしたちの日常に与えています。その影響は、健康のみならず、経済や政治、社会関係の在り方などあらゆる側面に及んでいます。WHOからパンデミック宣言(2020年3月11日)、日本政府から緊急事態宣言(2020年4月7日)が出され、静岡県でも感染者が相次いで報告されています。静岡県立大学でも遠隔授業が開始しました。今や地球上の誰もが新型コロナウイルス感染症、およびその影響を受け、この問題を考えることを余儀なくされています。

この感染症は、多くの問いを人類に投げかけました。国際社会や国家や地域社会はどのような役割を果たしていくべきなのか?健康を優先すべきなのか、経済活動を優先すべきなのか?新しい生活様式や行動変容が唱えられる中で、わたしたちの働き方や学び方はどのように変わっていくのか?インフォデミック(デマや嘘を含めたさまざまな情報が急激に拡散すること)の中でどのようにして必要な情報を見つけていったら良いのか?多くの問いが未解決のまま山積みになっており、論争が続いています。もちろんすぐに解決策が見つかるわけではありませんが、わたしたち静岡県立大学の教員にも微力ながら何かできることがあるのではないかと考えました。

今のわたしたち人類は、富士山麓の深い霧の中をさまよっているような状況にあります。先の見通しが立たず、どこに向かっているのかもわからない。感染や不況の不安と緊張の中で、何を手がかりに進んだら良いのかもわからない。もし、新型コロナウイルス感染症の後の世界に向けて、目指すべき目標や向かっていくべき方向が少しでも見えてくれば、わたしたちは、再び歩み始めることができるかも知れません。

2. 新型コロナウイルス感染症とSDGs

幸いにもわたしたち人類は、新型コロナウイルス感染症のパンデミック以前に、人類が向かうべき目標を定めています。それが、国連が定めた2030年までの人類の目標である「持続可能な開発目標(SDGs)」です。新型コロナウイルス感染症によって大きく打ちのめされた世界を建て直していくことを考える際に、おそらく、SDGsが掲げた17の目標と169のターゲットは、ひとつの手がかりを提供してくれるに違いありません。また、新型コロナウイルス感染症の試練に人類が立ち向かった経験は、SDGsが提示する地球規模の課題に立ち向かう際にも役立つことでしょう。

静岡県立大学では、2019年の11月に静岡県立大学SDGs宣言を行い、全学的にSDGsへの取り組みを始めています。静岡県も総合計画にSDGsを関連させ、静岡市もSDGs未来都市・ハブ都市として先導的な役割を果たそうとしています。そこでわたしたちは、自然科学・人文社会科学の多様な専門分野から、SDGsの考え方を手がかりに、新型コロナウイルス感染症をめぐる課題について考える挑戦を始めました。

SDGsは「持続可能な開発目標」を意味する英語の頭文字をとった略称で、国連が定めた2030年までの目標である「国連持続可能な開発のための2030アジェンダ」の中核となる目標です。新型コロナウイルス感染症はSDGsとは関係がないのでは?と思われるかも知れません。しかし、SDGsは、いわば人類の目標の「商店街」のようなものです。感染症対策は、既にSDGsのターゲット3.3「2030年までに、エイズ、結核、マラリアおよび顧みられない熱帯病といった伝染病を根絶するとともに肝炎、水系感染症及びその他の感染症に対処する」に含まれています。国境を超えて感染が世界に拡大した新型コロナウイルス感染症は、まさに人類が協働によって取り組むことの重要性を浮き彫りにしたと言えるでしょう。

3. SDGsの考え方と新型コロナウイルス感染症(1)アウト・オブ・サイロ

SDGsの17の目標はそれぞれ独立したものとお考えの方もいらっしゃるかも知れませんが、もともとの考え方はそうではありませんでした。国連の中でも、例えば、健康はWHO、教育はUNICEFといったように、それぞれの担当部署が分かれています。しかし、そのような縦割りの課題設定には弊害があることがかねてから指摘されてきました。

例えば、アフリカの貧困の問題を考えてみましょう。気候変動(いわゆる地球温暖化)が原因で旱魃が発生すると(目標13: 気候変動に具体的な対策を)作物の収穫が減少し、食糧の確保が危機に陥ります(目標2: 飢餓をなくそう)。すると、教育(目標4: 質の高い教育をみんなに)を受けることができない、とくに女子児童が増えることになります(目標5: ジェンダー平等を実現しよう)。

つまり、途上国の現場では、複数の課題が絡まり合うことで悪循環を生みだしているのです。SDGsはこうした悪循環を良い循環に転換することを目指しています。そのためにSDGsが目指したのが、「アウト・オブ・サイロ(縦割りの課題設定からの脱却という意味)」でした。例えば、17の目標を歯車のように回して良い循環を創り出すモデルが提唱されています。

新型コロナウイルス感染症の問題にも似た側面があります。ウィルスの感染は健康の問題ですが、同時に感染拡大防止策のために失業したり収入が減少したりして、貧困により生命が失われることや教育が疎かになることも懸念されます。現場では、自然現象と社会現象は決して分けることができません。様々な課題を多面的に検討して、悪い循環から良い循環への転換を図るSDGs的な考え方は、新型コロナウイルス感染症にかかわる課題を考える上でも力になり得ると言えるでしょう。

4. SDGsの考え方と新型コロナウイルス感染症(2)アウトサイド・イン・アプローチ

SDGsの目標として掲げられている課題の多くは、ひとつの国だけは解決が難しい課題、人類が運命共同体として取り組まなければならない課題です。たとえば、気候変動は、バングラデシュやアフリカ等、とくに途上国の脆弱な地域で洪水や旱魃等の様々な被害をもたらしていますが、その原因である二酸化炭素の排出量が多いのは先進国です。地球の大気には国境線はありません。国境線を越えた目には見えない自然の現象という点では、二酸化炭素もウィルスも同じです。これらはひとつの国だけは解決することのできない地球規模の課題と言えますが、SDGsはいわば地球規模の課題を束ねたものです。

気候変動は確かに地球規模の課題ですが、その一方で、それぞれが地道に取り組まなければならない地域の課題でもあります。新型コロナウイルス感染症への対策も同じことが言えます。いわゆる同調圧力や排斥的な暴力を避けなければなりませんが、手洗い等の感染拡大防止に向けた取り組みに協力しなければ、個々の力だけでは感染の拡大は阻止できないことをわたしたちは経験しました。

SDGsでは地球規模の課題に、身近な組織の課題を対応させて考えることを「アウトサイド・イン・アプローチ」と呼んでいます。組織はそれぞれ固有の目標を持っています。しかし、そのままでは、それぞれの組織の目標は達成できても、地球規模の目標はつねに置いてきぼりにされてしまいかねません。だからこそ、人類の目標から小さな組織の目標を考え直すことが必要だとSDGsは考えます。

わたしたちは、今、色々な意味で、新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、普段の行動を制限されていますが、一方、それはわたしたち共通の利益という観点からは、ある程度、やむを得ない試練として受けとめてもいます。SDGsにも同じことが言えます。新型コロナウイルス感染症という試練は、わたしたち一人一人の行動が運命共同体としての人類の行く末に繋がっていることを強く自覚させました。SDGsは、こうした行動規範を、感染症のみならず、169のターゲットに拡げて総合的に考えようとするものです。

5. SDGsの考え方と新型コロナウイルス感染症(3)フォアキャスティングとバックキャスティング

わたしたちは無意識のうちに将来の予測を立てて生活をしています。現状の課題や実績から、その延長線上に未来を描く考え方は、「フォアキャスティング」と呼ばれます。たとえば、会社の過去の売り上げから来期の目標を設定することがフォアキャスティングです。これに対して、SDGsは、「バックキャスティング」と呼ばれる考え方に基づいて定められました。

バックキャスティングはおもに地球環境の議論から出てきた考え方で、現状のいかんにかかわらず、これからも人類が存続できる地球環境を維持するための限界値がどの当たりにあるかが先に定められました。そして、その目標を実現するために、逆算して、現在何をしたら良いかが考えられるようになりました。フォアキャスティングが現在から未来を考えるのに対して、バックキャスティングは未来から遡って現在のあるべき姿を描く考え方だと言えます。

新型コロナウイルス感染症の拡大防止には、感染症の専門家によって、バックキャスティングの手法が用いられました。もちろん様々な批判はありますが、日本でも政府の専門家会議が将来の医療崩壊や感染爆発を防ぐために定めた目標値の達成を目指して、具体的な行動指針が打ち出され、国民がそれに協力する手法が採られました。SDGsはこれを人類規模で行うものだと言えます。もちろん必ずしも中立とは言えないかも知れませんが、科学的な予測や知見に基づいて、わたしたち一人一人が人類の一員としての自分がとるべき行動を決める。憶測や偏見や思い込みではなく、科学とともに生きる。もし、これが可能なのであれば、SDGsが警告する気候変動による壊滅的な災害についても、貧困の根絶についても、同じことができるはずです。

6. 誰一人取り残さない─取り残される側から考える

SDGsには17の「目標」がありますが、それよりも重要な位置づけを得ているたった1つの「誓い」があります。それはアジェンダ2030前文に記された「誰一人取り残さない」という誓いです。しかし、実際には、現在の世界には多くの取り残されている人々がいます。新型コロナウイルス感染症の場合も、十分な医療を受けることから取り残され命を失った人々がいます。感染者や少数者に対する不当な差別や中傷も報告されています。静岡県でも、観光業を始めとして、失業や収入減少、学業継続の困難に直面している人々が数多くいます。これから途上国に感染が拡大していくと、もともと医療が脆弱だったアフリカのような地域では被害が甚大化することが懸念されており、国連アフリカ経済委員会は、アフリカでは30万人が死亡し、2900万人が極度の貧困に陥ると警告しています。おそらく新型コロナウイルス感染症は、もともとあった貧富の差を可視化していくと同時に、新たな貧困を生みだすでしょう。そこでは新たな助け合いの経済が必要であり、それはまさにSDGsが目指すものでもあります。

緊急事態宣言が出された日、わたしは研究室にいましたが、突然、構内入構禁止の連絡を受けました。研究室を立ち退くようなことは戦争でも起こらない限り起こりえないと思い込んでいたのでしょう。慌てて荷物を片付けながら、わたしはかつてケニアの国内避難民のテントの中で、彼らの無念に耳を傾けていたときのことを思いだしました。誰一人取り残さない。いや、取り残す側からではなく、取り残された側に自分の身を置いて考えてみること。それが、コロナ後の世界を考え、生きていく手がかりになるのではないでしょうか。マスク2枚と10万円の支給。ケニアで国内避難民に国連が支給していたトウモロコシの袋を思いだしました。もしかしたら、AI時代に求められる「ベーシック・インカム(最低限所得保障)」の端緒になるかも知れません。国際開発の課題である支援や援助は、途上国のためだけのものではなく、今回わたしたちが学んだように、グローバル化するリスクを考えるならば、全ての人類が助け合うことで最低限の人間らしさを保障できる仕組みを考えて行く必要があり、それがSDGsの考え方の基本です。

ケニアのナクル国内避難民キャンプ(2008年9月著者撮影)

新型コロナウイルス感染症は、おそらくこれからわたしたちの生活をゆっくりとしかし確実に変えていくでしょう。経済活動が縮小した一方で、世界中の都市の二酸化炭素排出量が減少し、大気汚染で見えなかったエベレストやキリマンジャロが都市からも見えるようになりました。そしてグローバル経済が縮小する一方で、利益を度外視した助け合いの経済が世界各地で息を吹き返しています。静岡県立大学でも、新入生を支援する学生同士の支援活動がいくつも起こりました。働き方や学び方も大きく見直されています。疲弊していた経済的利益一辺倒の価値観から、経済活動と生命や環境のバランスを目指し、リスク対応を中核に置く価値観が新しく芽生えました。いずれも向かっているのは、SDGsが目指してきたのと同じ「誰一人取り残さない」方向です。

大きな試練のなかで、何が人類にとって本質的な価値なのか、それを根源的に問い直す時期にわたしたちはさしかかっています。新型コロナウイルス感染症という大きな危機を経験した人類は、新しい価値観とともにSDGsが示したような人類共通の課題に協働で取り組んでいくことができるのでしょうか?それとも旧来の価値観から脱却できずに過去に犯した様々な愚かな過ちを再び繰り返してしまうのでしょうか?かつてない大きな岐路にわたしたち人類は立っています。ささやかながらここから1歩を踏み出してみたいと思います。


<本稿に関連する著作>
大村敬一・湖中真哉(編)『「人新世」時代の文化人類学』、放送大学教育振興会、2020年。

<著者紹介>
湖中 真哉(こなか・しんや)
1965年生まれ。アフリカ地域研究 / 人類学 / 国際開発学
筑波大学大学院博士課程単位取得退学。京都大学博士(地域研究)。現在、静岡県立大学 国際関係学部 教授。おもに、東アフリカ遊牧社会の調査研究を行う。主要著書: 『牧畜二重経済の人類学』(2006年、世界思想社)、湖中真哉・太田至・孫暁剛(編)『地域研究からみた人道支援』昭和堂、2018年等。国際開発研究大来賞、地域研究コンソーシアム賞研究作品賞、国際開発学会 賞選考委員会特別賞等を受賞。


(2020年5月25日公開)

ビデオ講義

YouTubeサイトで見る(外部サイトへリンク)

(2020年6月16日配信)

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