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静岡の大地(その12)清見寺と清見 2022年4月26日


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 安倍川と富士川の間に興津川がある。興津川は、静岡市清水区を流れる二級河川で、清流として知られており、狩野川とともに静岡県下の鮎釣りの名所でもある。興津川はとくに東日本で一番早く鮎漁が解禁されるというので、鮎釣りをする人が解禁を待ちかねている。昨年、2021年には5月20日木曜日に解禁された。興津川の源流は静岡市清水区北部の山梨県南部町との境である田代峠にある。そこから清水区内を南へ流れ、清水区興津東町で駿河湾へと注ぐ。

静岡県のおもな河川

 興津川河口近くの探査のキーワードは”清見”である。「清見寺(せいけんじ)」、「清見潟(きよみがた)」、「清見の原木」などにつながるキーワードである。

 興津川の河口近くの西に朝鮮通信使の歴史で知られる清見寺がある。静清バイパスから山際にある寺の屋根が見えてくる。寺はバイパスを出てすぐのところにあるが山門を入った所にJR東海道線が走っていて、その線路の上の跨線橋を渡って境内に入ることになる。この構造が珍しい。

清見寺の中を走るJR東海道線列車(左)と瑞雲院の説明

 坂道を登ると清見寺の隣に瑞雲院(ずいうんいん)の入口があったので入ってみた。庭の手入れをしている女性にいろいろ聞いた。その境内に季語がいっぱいあり、それをしばらく観察した。野蒜、韮、牡丹の芽、擬宝珠(ぎぼし)の芽などである。瑞雲院は駿河33観音第23番で、1356年の創建である。足利尊氏が如意輪観世音菩薩を祀る堂を再建したのが始まりという。如意輪観世音菩薩は伝教大師最澄のよる一刀三礼(一彫りごとに三度礼拝)の作であるという。60年に一度ご開帳がある。

 あらためて隣の清見寺境内に入る。巨鼇山(こごうざん)清見興国禅寺は臨済宗妙心寺派に属し、本尊は釋迦如来、開山は関聖上人である。入口には海棠(かいどう)の花と睡蓮の鉢植えが並んでおり、臥竜梅と鐘楼の間を通って本堂に入る。ボランティアの方がいて詳しい説明を聞いた。約1300年程前の白鳳年間(7世紀後半)に、東北の蝦夷に備えて関所が設けられた。それが清見関(きよみがせき)で、関所の鎮護として仏堂が建立されたのが清見寺の始めと伝えられる。

左:西園寺公望の書 右:書院にかかる扁額「潜龍室」。金啓舛の書。

 清見寺は朝鮮通信使が宿泊したことでも知られており、それを記念する記念物が多い。朝鮮通信使は室町時代から江戸時代にかけて李氏朝鮮から日本へ派遣された外交使節団である。正式名称を朝鮮聘礼使(へいれいし)という。鎖国時代の徳川政権にとって李朝朝鮮は正式外交のある唯一対等な国家であった。徳川将軍の代替わりのたびに通信使とよばれる使節が、江戸時代に12回来日した。そのときの経路はほぼ一定しており、興津では清見寺が宿となっていた。通信使の一行には多くの文化人も含まれており、鎖国を国是としていた当時の日本において通信使は間接的にであっても漢詩などの中国文化に触れることのできる数少ない機会であった。通信使の宿泊先には多くの日本の文人墨客が集まって交流がなされた。朝鮮通信使は清見寺に一泊するだけであるが、多くの扁額に詩が残されている。

清見寺の庭園(左)と2階の潮音閣から見た「ちきゅう」の櫓

 清見寺の朝鮮通信使関係資料48点を含む、日韓合計111件333点の資料が、2017年(平成29年)10月31日、国際諮問委員会の審議を経てユネスコ「世界の記憶」に登録が決定された。登録名称は「朝鮮通信使に関する記録-17世紀~19世紀の日韓間の平和構築と文化交流の歴史」である。

 大方丈の正面の須弥壇の観音像の傍らに「天武天皇尊儀」(尊儀は位牌のこと)が安置されている。左寄りにあり、右端に明治天皇尊儀、その後には14代までの徳川将軍の位牌がある。また、江戸時代に将軍の謁見に向かう途中に駿府で病に倒れた琉球王国の具志頭(ぐしちゃん)王子尚宏が、家康の指示で清見寺に埋葬されており、その位牌もある。

潮音閣から見た鐘楼と梵鐘

 家康公手習之間が保存されており、書院は静岡市指定文化財である。天皇御宿泊のときの玉座之間があり、その奥には御筥処(みはこどこ)があるというが立入禁止になっていた。北側には急斜面の山へと続く、家康公が五木三石を配置した名勝庭園がある。2階に上がると潮音閣からの眺望が素晴しい。清水港を母港とするJAMSTECの「ちきゅう」の大きな櫓が見えており、駿河湾、三保の松原、日本平、伊豆半島が見える。今は港の施設がひしめいているが昔は三保の松原が一文字に見えたという。窓のすぐ外に鐘楼と梵鐘が見える。この梵鐘は戦争中の供出を免れたので、1314年に鋳造されたものが残されており、県指定文化財になっている。
 午後は清水区興津中町にある国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構の果樹茶業研究部門のカンキツ研究拠点を訪問した。ここではカンキツ類の保存、育成、栽培およびこれらを画期的に発展させるための生物工学的技術の開発、機能性成分の解明などの研究が実施されている。温州ミカンとオレンジの交配により興津拠点で育成された品種「清見(きよみ)」の原木を間近に見て、その原木にまつわるカンキツ類の研究の話を聞くのが目的である。

清見の原木の説明(左)と原木の前で説明する清水さん。その背後が原木

 この研究拠点は国際植物遺伝資源研究所(IPGRI)の東アジア地区カンキツ保存センターとしての機能を担っており、カンキツおよびその類縁種、 各種常緑果樹の遺伝資源の収集、保存、評価を行うとともに、これまでに収集した豊富な遺伝資源を活用した研究を実施している。また、遺伝子の解析および遺伝子組換えなどによるバイテク育種、有用遺伝子の探索と利用技術の確立、果実の品質および鮮度保持と向上技術の開発、健康保持に有効な機能性成分の探索と利用技術の開発などの基礎的研究を実施している。

新品種を生み出す接ぎ木の列(左)とオレンジの仲間

 清水徳朗博士の解説で「清見」のすごい性質を知ることができた。玄関の前に橘がある。実が落としてあるのを食べてみたら美味しかった。少年時代に食べた「薄皮」や「紅蜜柑」を思い出した。橘は古くから日本に存在したカンキツ種の1つである。果実は芳香があるが、酸味が強く、種が多く、可食部が少ないので販売用の栽培は行われていない。静岡県よりも西の太平洋岸沿いの急傾斜地にある(清水徳朗他、2020)。日本書紀に田道間守(たじまもり)が西暦70年に常世国(とこよのくに)から持ち帰ったとされる「非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)」がこの橘であるとされている。延喜式(927年)には駿河国や相模国から「橘皮」が朝廷に献上されたという記述がある。

 また、玄関の前に「里帰りの桜」がある。1912年にアメリカ合衆国ワシントンDCのポトマック河畔に植えられた染井吉野が100周年を記念して里帰りしたものですある。

 槙の生け垣に囲われた圃場に清見の原木があり、かなり大きくなっている。カンキツ類は普通、人の背丈に合わせて育てるが、原木は別である。清見の原木は、1949年、温州ミカンの「早川早生」に「トロビタ」オレンジを交配して得られた実生を1956年にこの場所に植えたものである。実がなるまでに14年かかった。果実の品質が優良なので1979年6月29日、「清見」と名付けて公表された。清見寺と清見潟に因む命名である。交配から実に30年が経過して生まれた清見の記録である。正式には「清見タンゴール」(別名、清見オレンジ、清見みかん、清見)、品種名「清見 Kiyomi(きよみ)」、系統名「カンキツ興津21号」、命名登録年月日:1979年6月29日、命名登録番号「タンゴール農林1号」である。

 タンゴール (tangor) というのは柑橘類の雑種の呼称の1つである。おもに「ミカン」(マンダリン、タンジェリン)と「オレンジ」の交雑種のことを指す。語源はタンジェリンの英名tangerineの「tang」とオレンジの英名orangeの「or」を組み合わせである。日本では「清見」、「せとか」などが代表的なタンゴールである。また、「ミカン」 (C. reticulata) と「ブンタン」 (C. maxima, pomelo) との交雑種は「タンジェロ」 (tangelo) という。

農研機構育成の「清見」とそのファミリー
(クリックすると拡大します)

 現在、タンゴール類には、愛媛果試第28号(紅まどんな)、甘平、清見、師恩の恵、シラヌヒ(安芸の輝き)、佐賀果試34号、大将季、肥の豊(デコポン)、せとか、せとみ、タンカン、津之輝、はるみ、ひめルビー、マーコット、麗紅が市場に出ている。
 清見タンゴールは1個ずつ袋がけして3月まで樹上で越冬し、十分に色づいてから収穫する。ナイフで切ると、きめ細かな繊維と、果汁いっぱいの房が詰まっている。両親の長所を兼ね備えている。ナイフで八つ切り(スマイルカット)にするか、横半分に切ってスプーンで食べるとよい。

 道路を隔てて向かいにはたくさんの接ぎ木の列がある。ここではこれまでに、「清見」をはじめ、「はるみ」、「はれひめ」、「たまみ」、「あすみ」などのカンキツ新品種を育成し、また、機能性成分を多く含む品種として、「かんきつ中間母本農6号」や「オーラスター」を育成した。カンキツ研究拠点の歴史は古く、1902年(明治35年)に農商務省農事試験場園芸部として作られてから、今年(2022年)で120年である。正門からの入口のプラタナスの並木は創設時に植えられたものである。

参考文献
清水徳朗他、静岡県沼津市戸田の自生タチバナ群落の多様性解析とその維持機構の推定(園学研、2020)
農研機構果樹茶業研究部門、果樹育成品種カタログ


尾池 和夫


下記は、大学外のサイトです。

清見寺
https://seikenji.com/

国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構
(コミュニケーションネーム(通称):農研機構)
https://www.naro.go.jp/index.html

静岡新聞「まんが静岡のDNA」の記事でも静岡の大地を紹介しました。
https://www.at-s.com/news/article/featured/culture_life/kenritsudai_column/700397.html?lbl=849

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