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静岡の大地(25)富士山頂の雪と雲 2023年12月28日


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2023年12月21日、富士山と愛鷹山(本学はばたき棟3階 特別会議室より)

 私のいる学長室の窓から富士山頂が見えている。出勤するとまずそれを見るのが、いつの間にか習慣になっており、見えない時を含めて、ときどき撮影して記録に残す。インターネット上では富士山の雪のことがよく話題になっている。その中で気になる表現がたまにある。とりわけ「富士山の雪が溶けた」という表現が気になる。富士山頂の気温は、ほとんどの場合、摂氏0度以下、つまり氷点下であって簡単に雪が溶けることはないと思うからである。そこで今回はそのことを書いてみたい。

 2023年11月9日のNHKニュースでは、東日本の11月の記録的な暑さのことが話題となった。7日は都心で最高気温が27.5度と、11月としての最高気温を100年ぶりに更新したという。そして10月30日に静岡県裾野市で撮影された宝永火口の下まで雪が積もった映像と、その雪が無くなった映像を比べて報道した。富士山の山頂で、7日の最高気温が平年に比べて+8.1度、11月5日から7日にかけて3日連続で最高気温が氷点下にならなかったと報じた。そして、気象庁によると、6日から7日にかけて前線が通過した際、山頂では雪でなく雨が降った影響で積もっていた雪が溶けたのではないかということであった。

 山梨県富士山科学研究所の輿水達司さんたちの説明によると、真冬の富士山頂の降雪量は少なく、春になって急激に増えるという。冬の季節風では太平洋側にある富士山には乾燥した空気がやって来ており、春になると太平洋から湿った空気がやって来る。夏期の富士山の降雨も太平洋からの空気が運ぶ。

 立春以降に著しく発達した低気圧が本州の北側を通過すると、南の太平洋から湿った風が急速に吹き込んで大荒れの天気になる。春一番とか台湾坊主と呼ばれる現象である。通常摂氏-10度から-20度の富士山頂付近の気温が、このときに一気に零度前後まで上昇する。低気圧のもたらす降雨量が台風なみに増大することもある。急激な気温上昇と多量の降雨が富士山の雪の層に供給され、積雪層が重くなってバランスを失い、滑り始めるという、「スラッシュフロー」と呼ばれる現象が起こる。それが引き金となって多量の土石や礫を含んだ流れが誘発される場合がある。この現象は富士山の地域で「雪代(ゆきしろ)」と呼ばれる。スラッシュフローの発生時期は、その2~6月、あるいは11、12月の初冬に限られ、大部分は春先に起こる。

 富士山の初冠雪は、山梨県にある甲府地方気象台が観測して発表する。「富士山特別地域気象観測所の一日の平均気温が、その年の最も高い日」の後に、山頂付近が雪などによって白く見える様子が、麓の気象台から見えたということが初冠雪を発表する条件である。また、冠雪とは「山の全部又は一部が、雪又は白色に見える固形降水で覆われている状態を下から望観できた時」、その現象のことをいう。2023年10月5日に、甲府地方気象台が富士山の初冠雪を発表した。平年より3日遅く、昨年より5日遅い観測結果であった。最近の10年間で一番遅かったのは2017年10月23日、一番早かったのは2021年9月26日であった。

 初冠雪の定義には「一日の平均気温が、その年の最も高い日」という文言があるので、理屈の上では大晦日が終わるまで決まらないことになる。2023年12月16日には、関東南部で南風の影響で気温が上昇し、神奈川県小田原市では、12月としては観測史上初の夏日となった。最高気温26.0℃と、12月として観測史上初めて25℃を超えた。初冠雪を発表した後でさらに高い平均気温が現れる可能性は今後あるかもしれない。

富士山(静岡県) 平年値(年・月ごとの値)主な要素(気象庁)
要素 気圧 気温 風向・風速 大気現象
現地平均 平均 日最高 日最低 平均 最多風向 最深積雪 雪日数 雷日数
(hPa) (℃) (℃) (℃) (m/s) (cm)
統計期間 1991~ 1991~ 1991~ 1991~ 1991~ 1991~ 1991~ 1991~ 1991~
2020 2020 2020 2020 2004 2004 2004 2004 2004
1月 626.7 -18.2 -15.3 -21.4 15.9 西北西 125 12.8 0.4
2月 627.4 -17.4 -14.3 -21.1 15.6 西北西 128 11.9 0.4
3月 630.6 -14.1 -10.9 -17.7 14 西北西 187 17.3 0.4
4月 635.6 -8.8 -5.9 -12.2 12.9 西南西 206 13.1 0.5
5月 640.1 -3.2 -0.6 -6.3 10.9 西南西 196 10 1.4
6月 642.6 1.4 4 -1.4 10.2 西南西 121 5.7 0.8
7月 646.8 5.3 8 2.8 9.2 西南西 11 1.1 2.9
8月 648.7 6.4 9.5 3.8 7.6 西南西 0 0.1 3.8
9月 646.9 3.5 6.5 0.6 9.4 西南西 4 3.7 2.1
10月 643.6 -2 0.7 -5.1 10.9 西南西 24 8.5 0.5
11月 638.4 -8.7 -5.9 -11.8 13.2 西南西 52 11.5 0.6
12月 631.1 -15.1 -12.2 -18.3 15.3 西北西 97 11.8 0.3
638.2 -5.9 -3 -9 /// 西南西 214 108.4 14.5
※月をクリックすると気象庁のWebページへ移動します。

 気象庁によって記録されているデータを見ると、8月の山頂の気温の最高が摂氏9.5度、最低が3.8度で、0度よりも高くなることがわかり、8月には雪が降ってもすぐ溶ける。平均気温が0度以上の月は6月から9月である。最深の積雪量が8月に0になっており、最も深く積もっているのは4月である。また、風速を見ると、平均風速が冬は毎秒15mを超えており、相当強い西北西の風が吹くことがわかる。大陸からの乾燥した季節風が強く吹く。


 気象予報士のコメントを読んでいても、今年は初冠雪が平均的な時期に発表されたが、その後、「山頂付近の雪がいったん融けてなくなる日もありました」という内容のものが見られた。気象予報士であるからには平均気温などのことは知っていると思うが、本当に融けたのだろうかという疑問は残る。

2023年11月の富士山の気温変化(気象庁)

 気象庁のデータから2023年11月の気温の変化を見ると、11月には珍しく、5,6,7日の最高気温が摂氏0度を超えているのがわかる。これだと雪が融けたかもしれない。

2023年8月の富士山の気温変化(気象庁)

 参考までに2023年8月の富士山の気温変化を見ると、最低気温も摂氏0度以上を保っており、積雪はないことがわかる。静岡の方に聞いても、「雪がないと普通の山ですね」という感想が返ってきた。

 富士山頂の記録を見る。気温では、最高気温の記録は17.8度(1942年8月13日)。 山頂が20度を超えた日はない。 最低気温は氷点下38.0度(1981年2月27日)という記録が残っている。国内最低温の記録は、気象台・測候所に残る記録で1902年1月25日に北海道旭川で観測された氷点下41.0度がある。しかし、富士山の年間平均気温(1981年から2010年)は氷点下6.2度と、旭川の6.9度より13度も低く、国内で最も寒い場所といえる。南極の昭和基地と比較すると、昭和基地の年間平均気温は氷点下10.4度で富士山より4.2度低い。しかし、冬季(12~2月)の富士山の氷点下17.2度は、昭和基地の冬季(7~9月)の氷点下18.3度と1.1度しか違いがない。厳冬期の富士山は昭和基地の冬とほぼ同じ寒さになる。

 根雪の存在する期間を表す「根雪期間」という言葉ある。雪が積もっていた日数を示す積雪日数とは別にある。積雪日数は初冬や早春の頃、積雪が断続している場合も含まれる。したがって根雪期間のほうが短い。日本の主な地方の根雪期間は、北海道の平野部で 11月中旬から 4月初旬、山間部で 11月初旬から 5月中旬、東北地方の平野部で 12月終わりから 3月、山間部で 12月中頃から 5月までである。富士山頂の根雪期間が最も長くて、9月中頃から(翌年)7月初め頃までである。

 富士山頂の風については、最近のデータがない。最大風速(10分間の平均風速の最大値)は、1942年4月5日、低気圧による72.5m/s(西南西の風)で、国内1位の記録である。風では昭和基地の冬が6~7m/sなのに対して富士山の冬場は15m/s前後なので、富士山の厳冬期は昭和基地以上の過酷な条件にあるともいえる。

 日本の風の記録では、1966年9月5日、宮古島を台風18号が直撃、最大瞬間風速85.3m/sという日本の観測史上最も強い風を記録した。9時の天気図では、台風の中心が宮古島付近を通過している。台風18号の中心気圧は918hPaで、ちょうど台風の最盛期であった。台風の中心が近づき宮古島の気圧が最も下がった時刻は10時~12時、一方で最大瞬間風速を記録した時刻は6時31分である。台風には「目」がある。風の弱い部分が中心にあり、その周りを「壁雲」と呼ばれる発達した積乱雲がドーナッツ状に取り囲んでいる。最大瞬間風速は、この「壁雲」の下で吹いた。宮古島では半数以上の住家が損壊し、さとうきびの7割が収穫不能になるなど甚大な被害が出た。気象庁は、1959年の宮古島台風に次ぐ大きな被害として、「第2宮古島台風」と命名した。

 「雷様を下に聞く」という歌があるが、下の時もあれば、横や上の時もある。雷雲は積乱雲で、上昇気流によって発生する。積乱雲の上部は横に広がり、カナトコ雲となる。雲の底は地表付近から2000mくらいの高さがあり、雲の頂は1万m以上になる。富士山は風が当たると地形的に上昇気流が発生しやすく、夏場は積乱雲が山を覆う。富士山頂はまさに雷雲の真ん中あたりにある。空中放電による雷は、頭上や同じ高さで見舞われることもあり、電光が横に走ることもあるので、早めに避難しないといけない。

 富士山の上に帽子のような「笠雲」がかかり、少し離れた場所には「吊し雲」が見られることがある。富士山の上に覆い被さるように、滑らかな形状の雲が出る。上空を流れる湿った空気が山の斜面にぶつかることによって、強制的に上昇して雲ができる。上空の風が強いと風上側の斜面で雲が発生し、風下側の斜面で雲が消える。これが繰り返されて笠雲は止まっているようにも見えるが、望遠鏡で見ると激しく動いている。また富士山の風下に空飛ぶ円盤型の吊し雲が生まれる。富士山頂付近で強い西風が吹いている時、山を越えた湿った風がその風下でも波打ち続ける。それによって強制的に風が上昇している部分で雲ができて、同じ場所で雲が止まって見える。いずれにしても、上空に湿った空気が存在し、風が強いという状況の時に発生するので、笠雲や吊し雲が出ると天気は下り坂になる。

富士山頂付近の雲いろいろ

 「認定NPO法人富士山測候所を活用する会」では、閉鎖された気象庁の富士山測候所を活用してさまざまな観測などを行っている。富士山測候所は気象庁東京管区気象台が富士山頂剣ヶ峯に設置していた気象官署であった。2004年に測候所が閉鎖された後、富士山特別地域気象観測所となっており、自動気象観測装置による気象観測を行っている。富士山で気象観測すれば高山気象観測や台風の予報、また富士山登山者の人命保護に役立つとして、かなり早い時期から富士山での気象観測所の計画が何度も行われてきた。そして1932年、外輪山南東の東安河原に公設の中央気象台臨時富士山測候所が開設されて通年測候が行われ、観測結果は超短波無線機で気象庁に送られた。富士山観測の支援拠点は、初期の頃から御殿場に置かれていたが、1941年(昭和16年)に御殿場事務所が開設された。富士山測候所職員の通勤や物資搬送には主に御殿場口登山道が使われ、登山道沿いには、今も測候所職員の冬季の登下山に使われた鉄製の手すりや避難小屋が撤去されずに残っている。新田次郎の小説『富士山頂』が知られている。

 現在、富士山頂で観測を続けている静岡県立大学グローバル地域センターの鴨川仁(かもがわまさし)教授の論文、「富士山における大気電気・雷研究: 2022年夏期の成果」によると、2008年からスタートした富士山頂での大気電気観測は、宇宙線・放射線観測の補助的な役割として始まったものであったが、数年の測定で取得されたデータから、大気電気研究を進展させる成果が得られたので、2012年から大気電気研究は独立したグループとして活動してきた。また、皆巳幸也氏と林真彦氏による報告「夏期観測 2023 研究速報(プロジェクト報告書)」によると、旧富士山測候所における気象観測を山頂で実施し、測候所内部の電源を使わない太陽光パネルによる独立電源を用いて、データをBluetooth 無線で測候所内に送信し、インターネット上でリアルタイムでデータが閲覧できるシステムの運用を可能とした。これらの活動が、今後さまざまは知識を提供してくれることが期待される。

尾池和夫



参考文献とURL

1)輿水 達司・内山 高・石原 諭(山梨県富士山科学研究所地球科学研究室):「富士山の雪のルーツと雪代災害」
https://www.mfri.pref.yamanashi.jp/ear-sci/pdf/yies_nl_9-1-2.pdf(外部PDF)

認定NPO法人富士山測候所を活用する会
https://npofuji3776.jimdofree.com/

参考の動画
https://www.youtube.com/watch?v=nNnHP9RC1Ks

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