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静岡の大地(その4)大井川の伏流水(2)喜久醉の仕込み水


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大井川の伏流水を汲み上げて洗米水と仕込み水に使用する。杜氏は青島傳三郎氏(左)

訪問した時には、壜を洗う作業と酒の出荷の作業が行われている時期であった。

前回、大井川の伏流水のことを述べた最後に、「静岡で杜氏ができれば一人前」といわれる吟醸酒造りが確立されたということを紹介し、静岡県には名水に関連して酒蔵が多数あり、「吟醸造りの成果が注目されているので、そのことをさらに次号では、追いかけてみたい」と結んだ。

そこで今回は、喜久醉(きくよい)の製造元である藤枝市の青島酒造の代表取締役で杜氏の青島孝氏を訪問し、追いかけてみた結果の報告である。青島孝氏は杜氏名を傳三郎という。
訪問したのは2021年7月6日火曜日であった。この日、利き酒師の萩原和子さんにご紹介いただいてご無理をお願いし、酒造りの話を聞いた。萩原和子さんは、静岡県立大学学長の公用車を運転する吉田達哉氏の知人で、静岡で活躍する利き酒師で、篠田酒店ドリームプラザ店では店長をつとめた。また、学生の酒に関する卒業論文の指導をしたり、エッセイを書いたり、幅広く活動している。最近のエッセイでは、「私は、人の手で醸される酒には、生命力が宿り、歳月が酒を実らせ、呑む人の魂に喜びを与えてくれると信じています」とあった。

青島酒造株式会社は、藤枝市上青島にある。創業は江戸時代中期(18世紀中頃)である。会社は、旧東海道沿いに佇まい、藤枝宿と島田宿のほぼ中間に位置しているが、見学者を受け入れるなどの用意はない。

酒造の井戸は、地表から60メートルの深さの地下水から伏流水を汲み上げている。杜氏となって喜久醉の伝統の味を守る立場になるまでの、青島孝氏が語る物語に時が経つのも忘れるほど引き入れられた後、井戸から直接ほとばしり出る水をワイングラスに汲んでいただいた。いくらでも飲めるという感じのやわらかい水である。

酒蔵の片隅で、お酒を出荷するケースをひっくり返した即席の椅子に坐り、静岡型の酒造りの基本を忠実に守る製法にいたる青島さんの話をじっくりと聞いた。まず、彼が酒造りを決意するまでの人生である。
青島氏は、幼少の頃より酒づくりの大変さを見ていて、「まったく家業を継ぐ気はなかった」と、生い立ちを語ってくれた。父親も「とにかく食っていけないから継ぐな」と言った。そこでこれ幸い、東京の大学を出て日本の証券系投資顧問会社にいたが、さらに世界へと、ニューヨークで5年、ファンドマネジャーとしても勤め、活躍した。
ところが、外から日本を見た時、今までごく当たり前と思っていた、また嫌な面しか目につかなかったのが、いいところが見えてきた。特に90年代前半、日本が進むべき目標を見失っていた時代に、日本人が昔から大切にしてきたものが見えてきた。
みんなで協力して時間を掛けてものを作り上げていく、仕事は協力してくれる人がいて初めて成り立つ。時間を掛けて木を育て、何千年も残る寺社仏閣の宮大工さんの仕事とか、歴史の浅い米国で過ごしたからこそ、そういう仕事はとても尊いと思った。その時、酒造りも一緒だと気づいた。酒造りこそが自分の生きる道だと感じた。経営者としてではなく、酒造りをするために郷里に戻った。
この人生の物語を語る青島氏の顔は、マスク越しにも、爽やかであった。

「自分に納得のいくものを造るということに徹して、それを河村伝兵衛先生が技術的にご指導してくださったのです。杜氏の部屋に布団を持ち込み、寝食を共にして教えてもらいました。投資顧問会社の同僚だった人たちには、クレイジーと言われました」と青島さんが続ける。給料は10分の1になった。
ただ、金融工学の手法を活かして、10人にも満たない会社でも、かなり進んだものを経営面に取り入れているという。日本の伝統産業として残して行く部分は徹底的に残す。この地域でしか作れない酒造りをやる。その二点が重要だという。
米作りは1年かかる。このサイクルを変えることはできないから、自然の摂理には従う。酒造りは、造るというより育てるという表現が合う。目の届く範囲でやり、足るを知ることが基本。社員は人数が少なくて大変だけれども、皆、全国各地から、「喜久醉が好き」という人ばかりが集まってくれた。言葉では表せられない、五感の感性が共有されているチームは強い。これが日本のチームづくりだ。
特別本醸造、特別純米には山田錦と滋賀県産の日本晴という酒米を使っている。山田錦でも地元藤枝産のものと兵庫県産のものとは別と認識している。徳島県の吉野川の南からも買う。とても柔らかく溶けやすいが雑味がない。味を出したい特別純米に徳島のものを使う。これらは、自分で夏場米作りをやるからこそ、わかってきた。
米作りができなければ酒造りができない。米洗いのとき、徳島の米は柔らかいから同じ水の吸い方でも仕上がりが柔らかくなる。米作りに携わっていないとこれはわからない。麹用の米と掛米といって蒸して仕込みにつかう米と、二種類を分けて栽培もしている。そこまでやっている酒蔵はないかもしれない。
兵庫県の山田錦でも中山間地のブランド米もあるが、世間で言う“いい”山田錦と喜久醉にとっていい山田錦とは違う。礫層の多い水はけのいい、風通しのいいところの米を使う。実が締まって粒が揃っており、精米しても割れにくい。
田の水は川口発電所のダム近辺から農業用水をもらう。志太地域では昔から「日照りに不作なし」と言われている。水が十分あり、水枯れがない。水が十分にあるので、日が照るほど豊作になる。
井戸水の水源は南アルプスである。どのくらいの時間をかけて来ているかは不明。年間を通して水温16度から17度。水量も豊富で安定している。鉄製のパイプがさびてくるので何度か掘り直しているが地下水層は同じである。60メートル掘るにはコストがかかるが、ステンレスのパイプはさらに高くつくので使えない。青島家では生活用水もすべて井戸水を使用しており、「私の体もこの水でできています」と青島さんが胸をたたく。
もともとは「キクスイ」と呼んでいたが、全国に出すために他の類似銘柄と区別して「キクヨイ」で商標登録した。静岡酵母のみを使っている。特徴は酸の生成がすくなく飲みやすい。

青島酒造の酒造りの工程を、丁寧に説明してもらった。
社員5人で米を手で洗う。ひとり5キロの米を、手で水分の含み具合を感じながら約30秒洗う。多い時には1日500キロ洗う。糠をきっちり落とすと雑味のない酒になる。また濾過する必要がなく、濁りのない清酒となる。「酒づくりは洗いに始まり洗いに終わる」といわれる。
喜久醉の生産量は年間800石(1石は180リットル)で、このくらいの量が、手で洗米する作業の限界で、それ以上に生産量を増やすことは経営方針にない。
次に米を蒸し、麹造りでは、杜氏一人で、室温摂氏36度、湿度50%の室(むろ)に籠もる。通常、48時間で出麹(米麹の出来上がり)するところを、1.5倍の72時間をかける。この作業が出来るのは、杜氏の傳三郎さん一人だけで、一子相伝の業である。1時間半ほど休んでは麹を育てる。過酷な作業で体力は消耗するが、五感が冴えてくる。
『進化し続ける日本酒』(15)(下記にURLがある)の記述によると、大井川水系はミネラルの少ない軟水で、もろみの発酵はゆっくりと進む。この特性を最大限生かすために、ゆっくりと溶ける性質の麹を、一般的に48~52時間のところ、72時間かけて育てる。麹を造るため、米の洗い方、吸水させる量、蒸し方を決めるという。
麹造りの次に仕込みに入る。蒸し上がった米と、出来上がった麹と、静岡酵母と大井川の水を琺瑯(ホーロー)の2000~4500リットルのタンクに混ぜる。1日に2回かき混ぜる。低温でじっくりと30日から35日発酵させ、粥状になった醪(もろみ)を搾り、タンクに貯蔵し、瓶詰めした後、しばらく低温貯蔵し、熟成させて出荷する。

酒の販売店のウェブサイトなどを参考にして、喜久醉を以下に紹介する。まず、「喜久醉(きくよい)」は、全国の愛飲家御用達のお酒として、凄い人気のお酒です」とある。喜久醉の柔らかな美味しさは、大井川の伏流水のまろやかな水質と、手作業による丁寧な洗米にある。手作業による洗米で米の精白率は2%上がるという。この蔵元は、普通酒までの全量を摂氏で3度から5度で冷蔵管理している。たぶん、全国でもここだけではないかという。
雁屋哲の『美味しんぼ』(ビッグコミック・スピリッツ)にも紹介された。京都のある蔵元が「喜久醉の特別本醸造が、うちの大吟醸より旨いのはなぜ?」と、全国の日本酒関係者の集まったセミナーの席上で発言したことが話題となった。

大吟醸、純米吟醸、純米も抜群に美味しいが、特筆すべきは下のランクの酒の素晴らしさで、本醸造、普通酒(糖類無添加)は日本一のレベルだと、ある酒店が断言している。元々、この青島酒造をご紹介いただいたのは、利き酒師の萩原和子さんであったが、喜久醉は利き酒師の一押しの銘酒でもある。
喜久醉普通酒は、地元で人気が高い。レギュラー酒でありながらパフォーマンスの高さは、造りの良さを充分に感じさせる。日本酒度+2、アルコール度数15~16度。
喜久醉特別本醸造は、穏やかな香りと爽やかな旨み、キレの良い喉ごし、日常酒として最適である。スッキリとした中にも丸みが出ている。日本酒度+7.0、酸度1.5、アルコール度数15~16度。
喜久醉特別純米は、やわらかな口当たり、軽快な喉ごし、日本酒ファンを魅了する蔵元いちおしの銘酒である。日本酒度+6.5、酸度1.4、アルコール度数15~16度。
喜久醉純米吟醸は、穏やかな吟醸香、やわらかな口当たり、軽快な喉ごし、酸味が少なく優しい口当たりで、料理との相性が抜群に良い。日本酒度+7.0、酸度1.3、アルコール度数15~16度。
喜久醉大吟醸は、穏やかな吟醸香、爽やかな旨み、キレの良い喉ごし、酸味が少なく飲み飽きない。日本酒度7.5度、酸度1.2、アルコール度数15~16度。
喜久醉純米大吟醸は、穏やかな吟醸香、やわらかな口当たり、軽快な喉ごし。日本酒度+5.0、酸度1.3、アルコール度数15~16度、藤枝産山田錦40%使用、精米歩合40%、静岡酵母、仕込み水大井川水系南アルプス伏流水という規格である。

寒造はじまる水の生きて来し   後藤比奈夫
杜氏が身を賭けて働く寒造り    右城暮石
酒蔵は酒醸しつつ春の月      山田弘子

仕込みの行程に沿って酒蔵の中を見学し、酒の貯蔵してある摂氏2度の吟醸香薫る部屋を通って外に出ると、眼鏡が曇った。大井川の伏流水の水質と水量を何としても守らなければならないと思いを新たにしながら帰途についた。

丹羽康夫さんには、今回の取材に同行していただき、文章をまとめるにあたって多くの助言をいただいた。

蒸し米の香る新酒の仕込蔵    和夫
一代になし得ぬ技や新酒酌む


下記は、大学外のサイトです。

進化し続ける日本酒(15)―名酒造りを支える清冽な仕込み水「喜久醉」(静岡県)―
文化(2018.09.24)山同敦子
https://www.nippon.com/ja/guide-to-japan/gu002016/

静岡新聞文化生活部ぶろぐ
「松下米」松下明弘さんに〝スピンオフ〟インタビュー
http://www.at-s.com/blogs/kurashizu/2014/06/post_373.html

あなたの静岡新聞
産業、地場の味 良質な地下水 発展の源【大井川とリニア 序章 命の水譲れない㊥】
https://www.at-s.com/news/article/special/linear/805397.html

静岡新聞「まんが静岡のDNA」の記事でも静岡の大地を紹介しました。
https://www.at-s.com/news/article/featured/culture_life/kenritsudai_column/700397.html?lbl=849https:/

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