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静岡の大地(その6)大井川鐵道と川根本町の吊橋群


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写真:筆者

大井川鐵道の「南アルプスあぷとライン」を登る列車

2021年8月29日、大井川を遡って川根本町を目指した。静岡市内から県道354号線を通り、国道362号線に入って藁科川に沿って北上すると、藁科川と黒俣川の合流点がある。黒俣川沿いを行って久能尾(きゅうのお)を右折し、氷川沿いを上る。蛇塚から杉尾はなのき展望台で休憩し、川根までは下り坂である。国道362号線で榛原郡川根本町東藤川へ、そこから県道77号線に移り北上する。川根寸又峡線である。大井川鐵道大井川本線に沿ってさらに北上し、奥泉から県道388号線に移り、犬間を過ぎたところから、アプトいちしろキャンプ場へ降りていく細道へ入り、左手に降りていくと大井川鐵道井川線のアプトいちしろ駅に着く。
駅前に駐車して大井川鐵道の11時02分発、第203号に乗った。長島ダム、ひらんだ、奥大井湖上、接岨峡温泉、尾盛、閑蔵を経て、12時07分に終点井川駅に着く。駅前のベンチでおにぎりと玉子焼きの昼食。12時34分発の第204号に乗車し、アプトいちしろ駅に13時43分着であった。
寸又峡線バス(千頭駅前~寸又峡温泉)、閑蔵線バス(千頭駅前~接岨峡温泉・閑蔵駅前方面)のバス路線もある。“大井川周遊きっぷ”という、夢の吊橋や奥大井湖上駅など「奥大井エリア」の人気観光スポットを楽しむのに最適な、鉄道&バス全区間乗り降り自由の超お得なフリーきっぷもある。SL急行列車に乗車の際は、別途急行券が必要だという。

アプト式は、急勾配のラック式鉄道で、1869年頃からスイスやアメリカで実用され、スイスの観光鉄道が有名である。現在日本でアプト式列車に乗れるのはこの場所だけである。
アプト式機関車には「ラックホイールピニオン」と呼ばれる坂道用の歯車が付いており、線路の真ん中に敷設された「ラックレール」と呼ばれる歯形レールに噛みついて坂道を上り下りする。大井川鐵道の「南アルプスあぷとライン」は、大井川水系のダム建設のために作られた。現在は奥大井の観光列車として運行している。千頭駅から井川駅までのラインのうち、アプトいちしろ駅と長島ダム駅の間がアプト式線路である。勾配は1000分の90で、日本一の急勾配である。

アプトいちしろ駅でアプト式の機関車を連結して後ろから押し上げるように走る。その連結の様子を、作業時間を利用して撮影する人が多い。

このラインには日本一の高さの鉄道橋である「関の沢橋梁」、接岨(せっそ)湖に浮かぶような奥大井湖上駅など、見所が多く、赤いトロッコ列車の旅が楽しめる。鉄道の終点は井川駅であり、そこに井川ダムがある。

井川ダム

井川ダムは、1957年(昭和32年)に完成した日本最初の中空重力式コンクリ-トダムである。堤高103m余で、このタイプのダムでは国内で大井川上流の畑薙第1ダムに次ぐ高さである。
畑薙第一ダムは完成年1962年、中空重力式ダムとしては世界一の高さのダムで、新緑や紅葉の名所として知られている。静岡市葵区大字田代字大草利にある堤高125 m、総貯水量107,400,000㎥(建設時)の発電用ダムで、中部電力が管理している。

長島ダム

大井川では1902年(明治35年)以来、本流および支流で盛んに電源開発が行われた結果、大電源地帯となった。大河川の割には多目的ダムのような総合開発が行われていなかったが、1954年(昭和29年)9月の台風14号での被害を機に、1958年(昭和33年)に大井川河口から24.9kmまでの区間(島田市神座付近)が旧河川法による指定区間となり、1967年(昭和42年)5月に新河川法による一級水系に指定され、「大井川水系工事実施基本計画」が策定された。1974年(昭和49年)7月の通称「七夕豪雨」で、静岡県下に甚大な被害があり、大井川の抜本的な治水対策が求められた。
1972年に上流部、大井川ダムの直上流部にあたる本川根町梅地地先にダムを建設する計画が発表され、1974年(昭和49年)に「大井川水系工事実施基本計画」の一部改訂を受けて正式なダム事業として事業が開始され、この「大井川総合開発事業」の中核施設となったのが長島ダムである。
長島ダムは、重力式コンクリートダムで、堤高は109.0m、大井川水系唯一の多目的ダムである。洪水調節、不特定利水、灌漑、上水道供給が目的であり、水力発電の目的はない。水力発電を行わないダムとして大井川本川で唯一である。

アプトいちしろ駅からは車で、大井川水系に吊橋巡りをすることにして出発したが、出発の前にまず、産業遺産市代(いちしろ)吊橋を見た。そこから長島ダムのしぶき橋で放水のしぶきをあびて体を冷やした。接岨峡大吊橋、両国橋、塩郷(しおごう)の吊橋という順に吊橋を渡る体験をした。

産業遺産市代吊橋

市代吊橋は、産業遺産学会の推薦産業遺産に選定されている鉄製トラス構造の吊り橋である。大井川鐵道井川線アプトいちしろ駅から近く、アプト式電車と重ねて見ることができる。自動車も通行できるという。橋の向こうに中部電力株式会社奥泉発電所があり、奥泉ダムから有効落差173.82mで発電する。


葛の花身ぬちの揺れを吊橋に   大石悦子
吊橋に出て春星を仰ぎけり    茨木和生

長島ダムからの放水をあびる飛沫(しぶき)橋

接岨峡大吊橋

川根本町の南アルプス接岨大吊り橋は、橋の上から南アルプスを一望できる大きな徒歩専用吊り橋である。造りが頑丈で安心して渡れるが、接岨峡温泉から近く、温泉と併せて楽しむことができる。大吊橋の下にある親水公園では、6月中旬500匹以上の蛍の乱舞が楽しめる。

両国橋

千頭駅から歩いて約20分にある両国橋は、大井川鐵道の真上にかかる吊り橋で、秋には紅葉もきれいだという。長さ145mで、ほとんど揺れない、「初心者向け」の吊橋である。橋の上から井川線の車両区を見ることができて、真下を線路が通っているため通過時刻を見て写真を撮る人がいる。

塩郷の吊橋

塩郷の吊橋はよく揺れる吊橋で、そのスリルを楽しむ。吊り橋の上からSL列車を見る。民家と国道と線路と大井川をまたぐ大井川で一番長い吊り橋である。長さ220m、定員10人と制限されている。川根本町まちづくり観光協会の「吊橋カード」のキャンペーンがあり、渡った写真を撮ってSNSに投稿するとカードがもらえる。この橋の名前は「塩郷の吊橋・久野脇橋・恋金橋」と書いてあるが、「塩郷の吊橋」または「久野脇橋」が正式名称であり、「恋金(こいかね)橋」は、公募で命名された愛称だという。

以上の他にも多くの吊橋が大井川水系にある。さまざまな特徴があり、また日をあらためて訪れてみたいと思う。

大井川には江戸時代を通じて橋がない。江戸時代には川越し人足が旅人を渡していた。橋をかけない理由は、要害を設けて江戸への軍勢を防ぐためという説が有力と言われていたが、松村博は、史料と理工系知識から通説をくつがえして、技術的に困難だったこと、工事費が膨大であったこと、川越しが産業として定着していたことなどの理由で橋をかけなかったのではなく「かけることができなかった」とする節を提唱した。

吊橋群を訪れるために、現地に詳しい宮原夫妻に資料の収集と現地の案内までたいへんお世話になり、また多くの助言をいただいた。記して謝意を表する。

よく揺るる吊橋渡り葛の花  和夫
吊橋の揺れの記憶や秋の雲


下記は、大学外のサイトです。

国土交通省 長島ダム 大井川流域に架かる吊橋
https://www.cbr.mlit.go.jp/nagashima/oigawa/bridge.html

農林水産省 国営大井川用水農業水利事業
完工記念誌いのちの水大井川用
https://www.maff.go.jp/kanto/nouson/sekkei/kokuei/oigawa/attach/pdf/index-1.pdf
https://www.maff.go.jp/kanto/nouson/sekkei/kokuei/oigawa/attach/pdf/index-2.pdf
https://www.maff.go.jp/kanto/nouson/sekkei/kokuei/oigawa/attach/pdf/index-3.pdf

静岡新聞「まんが静岡のDNA」の記事でも静岡の大地を紹介しました。
https://www.at-s.com/news/article/featured/culture_life/kenritsudai_column/700397.html?lbl=849

参考文献
静岡県河川砂防局『しずおかの河川と海岸』
松村博『大井川に橋がなかった理由』創元社(2001)

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