光で有用物質を高生産する微生物の開発
―常温・常圧で生産可能な低炭素バイオプロセスへの利用を目指して―
【研究成果のポイント】
- バイオものづくりを担う微生物において、光をエネルギー源として利用する技術を開発
有用物質生産を効率化し、低炭素化できることを実証 - これまで微生物の開発の多くは微生物の代謝を大規模に改変することで、本来の微生物が生きるためのエネルギーをものづくりに振り向け、有用物質の生産性を向上させてきたが、本技術では外部エネルギーである光を利用することで微生物本来の代謝を乱さずに有用物質の生産性の向上が可能に
- 低炭素化に資する微生物を利用した有用物質生産(発酵、バイオプロセス)における生産性の向上に期待
概要
食品栄養科学部の原清敬准教授(研究開発代表者)らの研究グループは、大阪大学の戸谷吉博准教授、松田史生教授と神戸大学の石井純准教授らとの共同研究により、大腸菌に光エネルギー利用タンパク質(ロドプシン)を導入することで、エネルギー代謝※1を光で活性化し、大腸菌による有用物質の生産性を向上させることに成功しました。本技術は、低炭素社会に資する微生物による様々なものづくり(バイオプロセス)への貢献が期待できます。
成果は、国際学術雑誌「 Metabolic Engineering 」に 2022年3月26日付けで掲載されました。
論文タイトル:Optogenetic reprogramming of carbon metabolism using light-
powering microbial proton pump systems
DOI:10.1016/j.ymben.2022.03.012
掲載URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1096717622000489
成果は、国際学術雑誌「 Metabolic Engineering 」に 2022年3月26日付けで掲載されました。
論文タイトル:Optogenetic reprogramming of carbon metabolism using light-
powering microbial proton pump systems
DOI:10.1016/j.ymben.2022.03.012
掲載URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1096717622000489
共著者
静岡県立大学食品栄養科学部環境生命科学科/大学院食品栄養環境科学研究院:弘埜(原)陽子研究員、菊川寛史助教、原清敬准教授
大阪大学大学院情報科学研究科:戸谷吉博准教授、鎌田健太郎、田中涼、佐野海瑚人、北村さや香、大塚健介、清水浩教授、松田史生教授
神戸大学先端バイオ工学研究センター/大学院科学技術イノベーション研究科:平山英伸特命助手、石井純准教授
名古屋工業大学オプトバイオテクノロジー研究センター/大学院工学研究科:吉住玲博士研究員、角田聡特任准教授、神取秀樹教授
大阪大学大学院情報科学研究科:戸谷吉博准教授、鎌田健太郎、田中涼、佐野海瑚人、北村さや香、大塚健介、清水浩教授、松田史生教授
神戸大学先端バイオ工学研究センター/大学院科学技術イノベーション研究科:平山英伸特命助手、石井純准教授
名古屋工業大学オプトバイオテクノロジー研究センター/大学院工学研究科:吉住玲博士研究員、角田聡特任准教授、神取秀樹教授
研究の背景
微生物の多くは、我々と同じように生きるのに必要なエネルギーを獲得するために、酸素をつかって呼吸をして生きています。微生物が有用物質を作る力(発酵力)を高め、有用物質をたくさん作らせようとすればするほど、微生物はエネルギーもたくさん作らなければならなくなり、原料の大部分が二酸化炭素として活用されないまま消費され、最終的に有用物質の生産性も落ちてしまいます。一方で、植物や藻類は光合成をおこなって太陽光からエネルギーを作ることができます。そこで、研究グループでは高度好塩菌などが有する光エネルギー変換機構を微生物に導入し、呼吸に加えて光からエネルギーを作れるように微生物を改良することで、有用物質の生産性を高めることに成功しました。また、生産設備の観点から、現在の微生物による有用物質の発酵生産の多くは、大量の酸素を微生物に与えるため、発酵タンク内の撹拌翼を高速に回転させ続けなければならず、大量の電気エネルギーを消費しています。さらに、呼吸が激しくなれば当然、微生物も二酸化炭素をたくさん吐き出します。光を利用した発酵法は、このような撹拌電力と二酸化炭素排出の削減にもつながることが期待されるため、国の支援(JST未来社会創造事業「地球規模課題である低炭素社会の実現」領域)を受けて、研究を進めました。
研究の内容
研究グループでは、光エネルギーを細胞内のエネルギーに変換できるタンパク質ロドプシンを利用することで、エネルギー代謝を活性化し、様々な化学製品原料となる3ヒドロキシプロピオン酸やメバロン酸、ファインケミカルのグルタチオンなどの有用物質の生産性を向上させることに成功しました(図1)。また、高度好塩菌や海洋性細菌の中にはロドプシンをもつ微生物がこれまでに多く見つかっています。そこで、これらの微生物のロドプシンを比較して、大腸菌と相性が良く機能的にも優れているロドプシンを選抜しました(図2)。さらに、ロドプシンは、光受容分子であるレチナールの助けが必要であるため、本研究では、レチナールを細胞内で合成できる微生物から関連遺伝子を大腸菌に導入し、大腸菌内でレチナールを適量合成することにも成功しました。
図1 ロドプシンの導入による有用物質の高生産
微生物は酸素を使って呼吸鎖電子伝達系というシステムで水素イオン(H+)を細胞外に汲み出し、ATP合成酵素がこの水素イオンを再取り込みする際にエネルギー物質であるATPを再生します。微生物は、このATPのエネルギーを使って細胞内で様々な有用物質を生産しています。ロドプシンを導入した大腸菌は、光エネルギーを利用して水素イオンを汲み出すことができるようになり、エネルギー代謝が活性化することで、有用物質の生産性が向上します。
図2 43種類のロドプシンの比較
43種類のロドプシンについて、大腸菌に導入した際の色(右写真)や水素イオンの汲み出し力を比較しました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
微生物によるものづくりであるバイオプロセスは、常温・常圧で駆動することができ、一般的に高温・高圧を必要とする化学プロセスよりも省エネであるため、SDGsの達成の視点からも重要です。ただし、バイオプロセスでの物質生産では生産速度や生産量の観点から化学プロセスを置き換えるに至らないものも多く見られます。本研究により、様々な有用物質の生産に関わるエネルギー代謝を光によって活性化させることができれば、微生物による多様な有用物質の生産速度や生産量の向上につながることが期待されます。
特記事項
本研究は、JST未来社会創造事業探索加速型「地球規模課題である低炭素社会の実現」領域の「光駆動ATP再生系によるVmax細胞の創製」(研究開発代表者:原清敬、課題番号JPMJMI17EJ)の研究の一環として行われました。今後、静岡県立大学認定ベンチャーである(株)396bio(ミクロバイオ)を中心に本技術の実用化が進められます。
用語説明
※1 エネルギー代謝
細胞内に取り込んだ糖を分解し、その過程でATPなどのエネルギーを獲得する機構。多数の化学反応からなり、連続する一連の反応を代謝経路と呼ぶ。
細胞内に取り込んだ糖を分解し、その過程でATPなどのエネルギーを獲得する機構。多数の化学反応からなり、連続する一連の反応を代謝経路と呼ぶ。