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計算化学を駆使してケトンの新規光触媒機能を発見 〜カルボン酸の新たな分子変換技術が医薬品探索研究を推進〜(共同プレスリリース)


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静岡県立大学
北海道大学

計算化学を駆使してケトンの新規光触媒機能を発見 〜カルボン酸の新たな分子変換技術が医薬品探索研究を推進〜

静岡県立大学薬学部の山下賢二助教、佐野颯博士後期課程学生、後藤祐希博士前期課程学生、濱島義隆教授、および北海道大学総合イノベーション創発機構化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)の林裕樹特任准教授らの研究グループは、ケトン*1の新規光触媒作用を見出し、カルボキシラジカルを効率的に調製する手法を開発しました。カルボキシラジカルは、医薬品や天然物、機能性材料などを合成する上で有用な化学種です。そのため、これまでに様々なカルボキシラジカル調製法が開発されてきました。しかし、従来法では高価な(金属)触媒の使用や、反応後に廃棄物となる試薬を添加する必要がある点などが課題として残されていました。本研究では、市販で入手できる安価なケトン触媒とカルボン酸*2を混合し、そこに適切な波長の光を照射するとカルボキシラジカルが生成することを見出しました。カルボキシ基のO–H結合は非常に強固であり、O–H結合を切断してカルボキシラジカルを調製することは困難とされてきました。一方ケトン触媒を用いると、カルボン酸との水素結合*3形成を駆動力として水素原子移動*4によりO–H結合が切断され、カルボキシラジカルが生じます。このようなケトンの光触媒作用は前例がなく、WPI-ICReDDの計算技術による触媒機構の予測と本学の実験グループによる実証実験を通じて、初めてその機構を発見することができました。さらに、ケトンの新規光触媒作用を利用することで、脂肪族カルボン酸の脱炭酸的官能基化反応、および芳香族カルボン酸の位置選択的C–Hアルキル化反応の開発にも成功しました。こうしたカルボン酸の変換技術は、生物活性*5を示すカルボン酸にも適用できたことから、医薬品探索研究の推進に寄与することが期待されます。
なお、本研究成果は、日本時間2025年7月3日(木曜日)公開のJournal of the American Chemical Societyに掲載されました。

ケトンの新規光触媒作用によるカルボキシラジカルの調製:本研究の概念図

研究内容のポイント

  • 従来見過ごされてきたケトンの新規光触媒作用を、実験・計算化学の両観点から解明。
  • カルボン酸から直接カルボキシラジカルを調製する新たな手法を確立。
  • ケトンの新規触媒作用を利用することで、創薬研究に資する化学反応を実現。

イラスト

背景

カルボン酸は石油化学工業により大量生産され、また天然にも豊富に存在することから有用な炭素資源とされています。実際、カルボン酸を原料として医農薬品や香料、機能性材料などの多様な高付加価値化合物が生産されています。これらの化合物をより短工程かつ、環境調和的に合成するためには、カルボン酸を直接化学変換する技術の更なる発展が望まれます。
カルボン酸から調製されるカルボキシラジカルは特異な反応性を示し、合成化学上有用な化学変換反応に利用できることが知られています。そのため、カルボキシラジカルを発生させる手法の開発は重要な研究課題とされ、これまでに様々な手法が開発されてきました。近年では、光エネルギーを化学エネルギーに変換する触媒が開発され、カルボン酸から直接(一工程で)カルボキシラジカルを調製できるようになってきました。こうした光エネルギーを駆動力とする手法は、極めて温和な反応条件でカルボキシラジカルを調製することができるため大きな注目を集め、有力な手法がいくつか報告されています。しかし、それらの手法にも克服すべき課題が残されていました。例えば、高価な(金属)触媒が必要となることや、化学量論量*6以上の塩基が必要となること、あるいは適用可能なカルボン酸が限定される場合があることなどが挙げられます。こうした課題を克服することは容易ではなく、有望な解決策は見出されていませんでした。

研究手法および研究成果

本研究では、WPI-ICReDDの基幹計算技術「人工力誘起反応(AFIR)法」を駆使して、コンピュータ上でカルボン酸から直接的にカルボキシラジカルを調製可能な触媒分子を設計することを試みました。計算の結果、光励起されたケトンが、カルボキシ基の強固なO–H結合を均等開裂して、カルボキシラジカルを与える機構が算出されました(図1)。ケトンの中でも、キサントンが優れた触媒作用を有しており、この際、興味深いことに、ケトンとカルボン酸との間に形成される水素結合が、結合開裂の選択性制御に重要な役割を担っていることが示唆されました。その結果、原料のカルボン酸に開裂しやすいC–H結合が含まれていても、キサントンは強固なO–H結合を優先的に開裂できることが計算的に想定されました。このことは、実験的な実証により実現することができ、ケトンの新しい触媒作用を見出すことができました。

図1.ケトンの新規光触媒作用:カルボキシラジカルの選択的調製

市販で入手できる安価なキサントンを触媒として用いると、多様な脂肪族カルボン酸からカルボキシラジカルが調製でき、脱炭酸的官能基化反応に応用することができました(図2)。さらに、今回開発したカルボキシラジカル調製法を利用して、芳香族カルボン酸に含まれるC–H結合を位置選択的にアルキル化することにも成功しました(図3)。この反応では、生じたカルボキシラジカルが隣接する弱いC–H結合を選択的に切断する過程(1,5-HATと呼ばれる分子内水素原子移動)が鍵となっており、特定の位置に炭素ラジカルが生じます。この炭素ラジカルが、アルキル化剤と反応することで目的の生成物が得られます。このような機構を介した芳香族カルボン酸の化学修飾は世界初の例であり、ケトン触媒を用いたカルボキシラジカル調製法の有用性を示すことができました。

図2.脂肪族カルボン酸の脱炭酸的官能基化反応

図3.芳香族カルボン酸の位置選択的C–Hアルキル化反応

今後への期待

本研究で開発したカルボキシラジカル調製法は、高価な触媒や塩基などの添加剤を必要としない有機触媒的な調製法です。本調製法を用いたカルボン酸の変換反応は、環境調和的かつ持続可能な化学プロセスの実現に資するものであり、医薬品や材料開発において実用化されることが期待されます。
また、今回見出したケトンの光触媒作用はカルボキシラジカルの調製に限らず、他の高活性ラジカルの調製にも応用できると考えられます。ケトン触媒を用いたラジカル調製法は、従来のラジカル調製法とは一線を画しており、今後のラジカル化学の発展に貢献することが期待されます。

論文情報

<論文名>
Direct Generation of Carboxyl Radicals from Carboxylic Acids Catalyzed by Photoactivated Ketones(光活性化されたケトン触媒によるカルボキシラジカルの直接的生成)
<著者名>
山下賢二1、佐野 颯1、後藤祐希1、林 裕樹2、濱島義隆1
1静岡県立大学薬学部、2北海道大学総合イノベーション創発機構化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)、北海道大学前田化学反応知能創成プロジェクト(JST-ERATO))
<雑誌名>
Journal of the American Chemical Society
<DOI>
10.1021/jacs.5c04571
<公表日>
日本時間2025年7月3日(木)(オンライン公開)

研究助成

本研究は、「静岡県立大学教員特別研究推進費」、文部科学省・日本学術振興会科学研究費助成事業「基盤研究B(JP22H02745 )、挑戦的研究(萌芽)(JP21K18965)、学術変革領域研究(A)(JP24H01830)」、「内藤記念科学振興財団研究助成」、「JST-ERATO(前田化学反応創成知能プロジェクト)(JPMJER1903)」、「文部科学省世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)」の支援のもとで行われました。

用語解説

*1 ケトン:R1–C(=O)–R2 (R1,R2は炭化水素基)の構造式で表される有機化合物。
*2 カルボン酸:R–C(=O)OH (Rは炭化水素基)の構造式で表される有機化合物。
*3 水素結合:酸素原子や窒素原子などの電気陰性度の大きな原子に結合した水素原子と、他の電気陰性度の大きな原子との間に働く、引力的な相互作用。
*4 水素原子移動:水素ラジカルが移動するプロセスのこと。
*5 生物活性:生物に対して、何かしらの効果を発揮する性質や状態(=活性)のこと。
*6 化学量論量:原料と同じ物質量(モル数)のこと。

プレスリリース資料

お問い合わせ

薬学部 医薬品創製化学分野 教授 濱島義隆
電話:054-245-5672
E-mail:hamashima(ここに@を入れてください)u-shizuoka-ken.ac.jp

(2025年7月7日)

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