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静岡の大地(22)西伊豆のジオサイト 2023年7月7日


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地質図:産業技術総合研究所シームレス地質図による

 伊豆半島ユネスコ世界ジオパークの西海岸に沿って、多くの見所がある。北から、大瀬崎、大瀬崎南火道、井田、井田の明神池、御浜岬、土肥金山、龕附(がんつき)天正鉱山、黄金崎、燈明ヶ崎・田子、浮島海岸、堂ヶ島、三四郎島とトンボロ、沢田公園、枯野公園、一色の枕状溶岩、弁天島、室岩洞、烏帽子山、千貫門、石部の棚田がジオパークの地図に紹介されている。

 大瀬崎のことは、静岡の大地(17)「狩野川の流域(その2)」(2022年11月1日)に紹介した。

 土肥金山は、かつての坑道の一部が保全・整備され、資料館も併設した観光地となっている鉱山跡である。江戸時代や明治時代には佐渡金山に次ぐ生産量を誇り、金40トン、銀400トンを産出したと推定されている。当時の金山採掘の模様が電動人形などを用いて再現されている。資料館には金鉱石や、金を運び出した千石船の模型、当時の製法で鋳造された金貨などが展示されており、世界一の巨大金塊(250kg)に触れたり、砂金採りを体験することもできる。坑道は車椅子利用者でも見学可能で、車椅子の貸し出しもある。

 火山が生み出す高い地熱は、伊豆に様々な鉱石を作り出してきた。金鉱山もその1つで、伊豆の各地で金の採掘が行われてきた。鉱山跡は、地質を知るだけでなく産業遺構として貴重な場所でもある。近くには龕附(がんつき)天正鉱山という別の鉱山跡もあり、江戸時代の坑道がそのまま保全されている。

 龕附天正鉱山では江戸時代の坑道がそのまま保全されている。採掘当時の姿が残された坑道には、換気のための竪坑など、さまざまな工夫が見られる。約60mの坑道の奥には、掘り止めにあたって山の神を鎮めるための龕(がん)がつくられている。龕というのは、石窟や家屋の壁面に、仏像、仏具を納めるために設けられたくぼみのことで、厨子や仏壇、寺の塔を指すこともある。また仏龕ともいう。

黄金崎

 黄金崎は、夕日を見る名所であり、遠く富士山を撮影する場所としても知られている。火山が作り出す地熱地帯の地下では、温泉水によって岩石が変質する。夕日に照らされ黄金色に輝くこの岬の岩石の色も、このような変質作用によって染め上げられたものである。伊豆珪石鉱山は、静岡県賀茂郡西伊豆町宇久須及び伊豆市土肥にあった珪石や明礬石を産出した鉱山である。板ガラスの原料となる珪石を採掘する鉱山として本格的な開発が行われ、また第二次世界大戦末期には明礬石がアルミニウムの原料として注目され、詳細な鉱床調査の後に大規模な採掘計画が進められた。終戦後は珪石の輸入が止まる中で、日本における板ガラス原料用珪砂の主要産地となった。宇久須の珪石(ガラスの原料)や土肥金山もまた熱水変質の恵みである。2013年4月に休憩施設「こがねすと」が新設された。周辺ジオサイトのパネル展示などもある。駿河湾が広がる展望デッキからは富士山や西天城の山稜が望め、近くの黄金崎クリスタルパークではガラス文化を観賞できる。

浮島海岸

 浮島(ふとう)海岸では、かつての海底火山にマグマを供給したマグマの通り道である岩脈群を観察することができる。繰り返し上昇したマグマは、地下にたくさんの岩脈を作り出した。その岩脈群が伊豆と本州の衝突に伴って隆起した。岩脈のまわりにあった柔らかい地層が浸食されて固い岩脈が背びれのようになって地上に姿を現した。地下深くからマグマが地表を目指して移動するとき、上昇するマグマは亀裂を作りながら亀裂の中を移動してくる。マグマが移動した後には、亀裂の中でマグマが固まり、板のような形をした「マグマの通り道」ができる。こうした板状のマグマの通り道のことを「岩脈」という。海岸にそびえたつ板状の奇岩のひとつひとつが、かつてのマグマの通り道なのである。

三四郎島

 見る角度によって3つにも4つにも島が見えることから、三四郎島と呼ばれている。かつての海底火山の地下にあったマグマの通り道のなごりである。三四郎島の陸側には、島を回り込んできた波によって石や岩がたまり、細長い浅瀬ができている。干潮時には浅瀬が海上に姿を現し、海岸から対岸の三四郎島へと歩いて渡ることができる。この現象を「トンボロ現象」という。海上に姿を現した細長い道にはさまざまな海の生物が取り残され、いきもの観察の適地でもある。4つの島からなる「三四郎島」では、マグマが冷えて固まる際に収縮してできる柱状節理が見られる。三四郎島のひとつ「象島」は柱状節理のつくる模様が本物の象のようになっている。この島の象の姿は遊覧船からよく見える。源氏の家来だった伊豆の三四郎にまつわる悲恋の伝説がある。また、この海の天草の水揚げは日本一を誇っており、その天草で作ったところてんは絶品である。

 三四郎岩から直線距離で東に4 kmほど行った内陸部にある一色(いしき)の枕状溶岩の地層は、伊豆半島で最も古い時代の地層である仁科層群(約2000万年前~)である。その大部分が海底噴火で流れだした溶岩や水底土石流の堆積物からなる。一色の枕状溶岩はこの仁科層群に含まれる溶岩流の一部である。粘り気の少ない熔岩が水底に流れ出ると、表面張力や急冷によって枕(チューブ状)のような形になる。積み重なった枕状熔岩の断面を、ここでは観察することができる。近くの小川では南洋の貝の化石も拾える。

 室岩洞(むろいわどう)は「伊豆石(いずいし)」を切り出していた石切り場(石丁場)の跡であり、昭和初期まで活用されていた。半島が海底火山であった時代に海底に降り積もった火山灰は長い年月を経て凝灰岩に変化し、伊豆石と呼ばれる石材としてさまざまな場所で建材として重宝されてきた。閉山後の1982年に観光整備され、トンネル状の石丁場内の地層や石切跡を観察できる。地層の中から石材を決まったサイズで切り出すにはさまざまな工夫が必要であった。手掘りで採石していた頃の職人のさまざまな工夫の痕跡も見どころである。

 静岡県賀茂郡松崎町は、伊豆半島南西部の海岸にある『花とロマンの里』である。町の64%は山林であるが、那賀川、岩科川の流域には約500haの耕地があり、伊豆半島の西側では最大の平野がある。町内の山には、長九郎山(996m) 、婆娑羅山(ばさらやま、608m)、烏帽子山(162m)などがある。また、町の中心部の松崎温泉、東部の大沢温泉、南西部の三浦温泉、岩地温泉、石部温泉、雲見温泉などの温泉があり、伊豆半島ユネスコ世界ジオパークのキャッチフレーズである『南から来た火山の贈りもの』の地域であることを示している。

 薬草園歳時記(26)「牧野富太郎とワカキノサクラ」(2023年4月)にくわしく紹介したとおり、桜餅に使われる桜葉漬けは、全国の約7割が松崎町で生産されている。また、静岡の大地(15)「伊豆の松崎町と帯広市の歴史」(2022年7月27日)に紹介したとおり、北海道の帯広市と伊豆半島の松崎町は「開拓姉妹都市」である。

 静岡大学の小山真人教授によると、松崎の周囲は「海底火山時代に噴出した岩石からなる険しい山々に囲まれるが、北東部の長九郎山と南西部の天神原付近のなだらかな地形は、隆上で噴火した火山(長九郎火山と蛇石火山)の溶岩流がつくった。陸上火山の溶岩は割れ目が多く水を通しやすいのに対し、その下にある海底火山の岩石は固く変質して水を通しにくいので、その境界付近には豊富な湧水がある。それを利用したのが石部の棚田である」「一方、海底火山が噴出した岩石は激しい浸食を受け、数々の奇岩や美しい地層を露出させている。もろくて切り出しやすい火山灰の地層は、古くから「伊豆石」として採掘され、半島内や南関東の各地で建材として利用されてきた」とある。

 烏帽子山(えぼしやま)は伊豆半島の最西端に位置する山である。東山麓の雲見の集落に雲見温泉があり、その北側には雲見漁港がある。山の北東の端に位置する岩場には、「雲見想い出岬」の展望台があって、東山麓には太田川が流れ、雲見漁港に注いでいる。太田川の河口付近にある国道136号の雲見大橋から、烏帽子山全体を見ることができる。この山には、木花咲耶姫命(コノハノサクヤヒメ)と磐長姫命(イワナガヒメ)にまつわる物語があり、山頂には浅間神社の中でも珍しい、磐長姫命のみを祀る雲見浅間神社がある。

 1937年(昭和12年)6月15日に指定された国の名勝「伊豆西南海岸」の一部で、その特別地区(A地区)の指定を受けている。山域は富士箱根伊豆国立公園の特別地域の指定を受けている。山体はかつて海底火山にあったマグマの通り道が地上に現れた火山の根(火山岩頸)であり、伊豆半島ジオパークにおける西伊豆エリアの岩地・石部・雲見ジオサイトとされている。山域の雲見漁港を取り囲む崖では、海底に堆積した火山灰と軽石の地層で形成された縞模様が見られる。

烏帽子山

 東山麓の国道136号の沿線に、雲見浅間神社参拝者用の駐車場とトイレがあり、西側に参道が続いている。参道の入口に鳥居があり、付近に夫婦松の御神木がある。約130段の石段の上に拝殿、その先の急な約320段の石段の上には中之宮、その上部に山道があり、山頂に本殿がある。本殿の南側にある大岩には展望台が設置されていて、南側に千貫門、北西に駿河湾越しの南アルプス、北に堂ヶ島と富士山などを望むことができる。地元雲見では「この山で富士山を褒めると怪我をする」などの言い伝えがあり、日本神話の伝承により、この山は富士山の姉と呼ばれている。2016年(平成28年)3月12日に山域の岩場でロッククライミング中に死亡事故が発生した。これを受け同年3月27日に宮司などによる委員会により、烏帽子山でのロッククライミングを禁止とする決定がなされた。
 千貫門(せんがんもん)は「火山の根」の一部で、巨大な岩の中央部には波の浸食によりできた海食洞が「門」を形作っている。火山の地下には地下深くからマグマが通ってくるマグマの通り道がある。このマグマの通り道が地殻変動などで隆起して地表に姿を現したものを「火山の根」と呼ぶ。この「門」は烏帽子山の山頂にある雲見浅間神社の門である浅間門(せんげんもん)ともされている。また、この岩を見ることが「千貫の価値がある」ということで「千貫門」と呼ばれるようになったと言われている。

石部の棚田

 石部の棚田は約140万年前の噴火でできた蛇石火山の裾野にある棚田である。火山がもたらす豊富な湧水や地下水が地すべりを引き起こし、棚田として利用される緩斜面を作り出した。地すべりの原因のひとつにもなった地下水は、今、棚田の水源になっている。このような場所を棚田として利用することは、地すべりによって、もまれた良い土でおいしい作物が採れるとともに、新たな地すべりの発生を抑制する効果があると考えられている。この棚田は、江戸時代後期に山津波によって崩壊したが、その後20年間にわたる過酷な作業のすえ復田された。一時は使われなくなっていたが、保存活動により現在は静岡県棚田10選に選ばれる美しい棚田が維持されている。栽培されている古代米からは焼酎「百笑一喜」が醸造されている。

松崎町の野外食堂と露天風呂などがある「御宿しんしま」と佐野勇人さん

 明治時代のなまこ壁が残る古い町並みのある松崎町で、伊豆半島ユネスコ世界ジオパークのストーリーを体感した後、伊豆の幸と温泉を楽しむためには、「御宿しんしま」にお世話になる。明治13年、名工の入江長八が手掛けた「漆喰こて絵」が残っているお蔵の座敷がある。そこの主人であり料理人であり、ジオパークの名ガイドである佐野勇人さんが、松崎の歴史や文化を語り、夜の町歩きのガイドもしてくれる。佐野さんは松崎で化石研究のグループに加わりながらジオパークのガイドをつとめるようになった。

 以前、ジオパーク吟行句会で松崎へ行きたいと相談すると、夏は伊勢海老の禁漁期に入り、9月中旬に解禁になるので、「フレッシュなお刺身が食べたかったら秋の句会がいい。勿論ガイドは私でよろしければ承ります」というので実行した。佐野さんの経営する「御宿しんしま」は13室、旅館や民宿タイプのバリエーションにとんだ形で、約60名は泊まれる。佐野さんの案内するジオサイトは、西伊豆エリア、南伊豆エリア、伊豆半島全域である。さまざまな宿泊プランがあるが、私は伊勢海老の調理方法を選べるプラン、ボイル、鬼殻焼き、豪華お一人様に一匹ずつ伊勢海老をご用意、というのが気に入っている。身の甘さを感じられる鬼殻焼きがいい。

町ごとの三番叟ある秋祭     尾池和夫
なまこ壁の町の道なり星月夜
宵闇に出で伊豆石の石畳

尾池和夫



参考URL

伊豆半島ユネスコ世界ジオパーク 西伊豆の見どころ
https://izugeopark.org/maps/izu02/

小山真人「伊豆ジオめぐり(10) 松崎の大地の物語 誇るべき歴史と人材育成」
https://sakuya.vulcania.jp/koyama/public_html/Izu/seri/geomeguri10.html

西伊豆松崎温泉 旅館 御宿しんしま
https://shinshima.com/

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